2011年5月23日月曜日

くまボール

ある例年通りの異常気象の冬、私は北海道を回ることにした。長期間取り組んでいた小説が一段落し、休息をとるための旅行が必要だった。カーフェリーで上陸し、海沿いをドライブしていくことにした。旅はおおむね順調で、私の心は求めた癒しを効率よく摂取していった。
ある日、私は港の近く、こぢんまりとした森にある民宿に泊まった。木組みのコテージは暖かみのある雰囲気で、とても好感がもてた。家族で経営しているようだったが、誰もが仕事に熱心で真摯だった。世界中の民宿がこうあればいいのに、そう思わせる素晴らしい宿泊施設だった。
夕食の席で、元公務員の男は10年ほど前から民宿を営んでいると私に話してくれた。不器用そうだが愛嬌のある振る舞いで、公務員よりよほど今の仕事の方が向いているだろうな、と私に思わせた。奥さんは気さくなおばちゃんといった感じで、本当に明るく感じのいい夫婦だった。夫婦には一人娘がいた。14歳で、両親に似て朗らかなかわいらしい女の子だった。スポーツをやっているらしく、健康的な立ち姿だった。
次の日の朝、玄関に行くと娘さんの姿があった。どこに行くのかと尋ねると、これから「くまボール」の練習に行くといった。娘さんは地元のスポーツ「くまボール」の選手とのことだった。聞いたこともないスポーツに興味が湧き、練習に同行させてもらうことにした。道中スポーツの概要について聞いてみたが、見たらわかりますよ、ともったいぶって教えてくれなかった。手には飼い猫を入れたカゴをさげ、肩からスポーツバッグをかけていることしかわからなかった。
ついた先は港だった。停留中の船にも雪が降り積もり、あたりは白く静かだった。娘さんはスポーツバッグとカゴを地面におろし、バッグから取り出した袋に手をつっこみあたりに緑色の粉をばらまいた。聞くと、これでミドリカモメをおびき寄せるらしい。ミドリカモメなどというカモメは聞いたことがなかったが、地元の呼び名かもしれない。そのうちそのミドリカモメとやらがやってきたが、普通のカモメとの違いはわからなかった。
娘さんは飛んでいるカモメをそのまま引き寄せ、背中に猫を乗せた。カモメはおとなしく全てそれに従っていた。カモメがうまく猫を背中に乗せられないといけない競技のようだ。その後猫を降ろし、娘さんはなんとその場にとどまったままのカモメの翼の一部をはさみで切り出した。どうやらそこはカモメが飛ぶのに重要な部位らしく、その後そのカモメを前方に思い切り放り投げた。案の定カモメは飛ぶことができず、海岸手前の雪に突き刺さった。どうしてこんなことをするのか、聞くところによるとこうしてカモメの質を見極めているらしかった。みるみるうちに海面やら雪面やらにカモメが何羽も突き刺さっていった。
私はずっと考えていた。いったいいつになったらくまとボールが登場するのだろうか。このばかげたスポーツは、いったい何羽のカモメを犠牲にし、何匹の猫を寒空の下震えさせているのだろうか。「くまボール」のいったい何がこの少女を惹きつけるのだろうか。