2011年1月14日金曜日

海岸フットボール

ランスとダニーがいるのは1年ほど前に町のはずれにできた倉庫のように大きい巨大スーパーの隅のゲームコーナーで,1週間分の食材を買い込んだ寄り道だった.ランスは重い荷物を肩から下げたまま新しいスーパーに似合わない古いゲーム機にもたれて,騒々しい電子音を聞いていた.「その余ったコインどうする」すっかりコインを使い果たしたダニーが聞いてきた.「いるならやるよ」ランスは積んでいた10枚のコインを押して渡した.ダニーは黙ってコインを2枚つまみ上げ,タイミングを合わせてゲーム機に入れた.ダニーが練習のない日に通っているスロットというものと,このプッシャーゲームは勝手が違うようで,彼はすっかり負け込んでいた.「このシーズン,俺はどうしたらいいんだろうか」ダニーはつぶやいた.コインは動いている板の真ん中に落ちた.「初戦に間に合わないのか?」ランスは聞いた.ダニーは無理だと答えた.ダニーは3日前のメージ(フットボールの練習の一つ.実践練習)で2度目の脱臼をしていた.ダニーはランスと違いラインの選手なので,そのような怪我をしやすい.そして一度脱臼した選手の多くにあるように,同じ部位を同じように脱臼した.「手術をすることになったのか」「決めていない」「そしたら自然に治るのを待つのか」「…決めていない」ダニーはコインを4枚とり,2枚は手のひらの中に,もう2枚はゲーム機に入れた.このプッシャーゲームと同じゲーム機は他に2台隣りに並んでおり,この一角だけ20年ほど昔のようだった.「手術してもしなくても,どうせ今は安静なんだろう.急ぐことはないさ」次はランスがコインを取り,ゲーム機に入れた.コインはプッシャーの下に落ちたが,他のコインを落とすことはできなかった.「自然に治すと2か月でいいんだ.初戦は間に合わないが復帰できる.でもそれではまた脱臼する可能性があるから,安心してお前を使うことが出来ないってコーチは言う.でも手術だと,ボルトやら金属やらを入れないといけないからもう半年必要なんだ.半年なんて,シーズンが終わってしまう!」「わかってる.でも今はどうしようもないんだろ?」「そうさ,だからどうしたらいいのか知りたいんだ!俺はどうすればいいんだってね!」デニーは手の中の2枚のコインを勢いよく入れ,それに続いておいてあったコインを11枚つまみ,次々と入れた.数枚は良い所におち,コインを押したが,多くはプッシャーの上の板に落ち,何も起こさなかった.「今まで以上に足でダンベルをあげて,今まで以上にチームに尽くせばいいんだ.でも,冬が終わって春になろうとしているのに,暖かくなったグラウンドに出る時なのにそれができないなんて,どうしたらいいのかわからなくなるんだ」自分に言い聞かせるようにしてデニーつぶやき,一呼吸をおいて最後のコインを入れた.プッシャーの下にうまく入ってコインを随分押したが,落とすまでに至らなかった.コインの動きは止まり,プッシャーだけが規則的に動いていた.デニーは椅子から降り,店の出口へ向かった.ランスも脱臼ではないが怪我をしたことがあったので,デニーの気持ちを理解できた.何か気の利いたことを言いたかった.しかし,ここはデニーに言いたいことを言わせるのがよいと思って,何も言わないことにした.そしてデニーが倉庫のような店の幹線道路のような通路を曲がろうとした時に,ランスも店から出ようと決めて立ち,歩き始めた.一歩目が地面を着くと同時ぐらいにゲーム機からコインが大量に落ちる音がした.ランスは自分がもたれていたから,今まで落ちるものも落ちなかったのだとすぐに気付いた.しかしもう歩き出してしまったし,戻ったところでどうしようとも思わないとわかっていたので,落ちるままにまかせて去ることにした.